令和8(2026)年2月 第5-272号
[ク ラ ブ 通 信]
*************************
主な内容 -1・-2 はページNO
*-2-行事予定 *-3-記録 *-4-連絡(ボルコン・スポーツ体験会)・*-5-行事記録
*-6-報告 @ A会員情報・*-ニュース:-10回想4 -11ひとりごと()
(1)山行・行事計画 (令和8年 2月 3月)
1月24(土)・25(日)スポーツ体験会 宇和島市総合体育館
2月22日(日)宇和島カップ 宇和島市スポーツ交流センター
2月21(土)・22(日)明浜町狩江地区文化祭 写真展示 西田
3月15日(日)午前10時〜12時 救急講習会 スポーツセンター3階会議室
クライミング教室 宇和島市スポーツ交流センター
開催予定日 令和8年1月4日・18日(日) 2月1日(日)
希望があれば3月15日(日) 3月29日(日)
宇和島スポーツ交流センター
◎ 土曜日 水曜日(夜間) ジュニアクライミング教室
◎ 毎週日曜日 午後 クライミング教室・・
※ 上記以外に 個人的な山行などあります。
(2)例会 《令和7年度 開催予告》
期日:令和8年1月6日(火)19:30〜
場所: 宇和島市スポーツ交流センター会議室・・行事・山行報告など
次回は総会・例会 令和8年度になります。
令和8年4月7日(火)19:30〜
場所:スポーツ交流センター 会議室・・
会 議 第4回例会 議題など(報告)
参加者:島田 西田 西村 橋本 藤岡 前田 6名
期日 令和 8年 1月 6日(火)
1 行事・ 山行・クライミング 報告 会報「ふみあと」1月 参照
(1)クライミング 橋本
高校選手権報告 愛媛県参加者
男子 滝澤晃人くん、藤本志衿くん(宇和島東津島分校)
女子 橋本心愛さん(丹原高)、松友萊衣果さん(松山東雲高校)
成績はあまり芳しくなし 高知・徳島では好成績の選手あり
(2)登山 ・・・ 氷棚調査
:大学で氷棚のことを研究している沢田先生より連絡があり足を運ぶ
会報「ふ み あ と」に設置した当時のことを掲載
2 クラブ関連 企画・予定など
(1)クライミング関連
@ 一般対象 クライミング教室 1〜3月宇和島で
開催予定日 令和8年1月4日・18日(日) 2月1日(日)
希望があれば3月15日(日) 3月29日(日)
大洲よりやり難い。初心者向けのコースが少ないし狭い。
A クライミング部
1月17日(土)ボルタリングコンペ関連 ・・9日から準備
1月24(土)・25(日)スポーツ体験会 宇和島市総合体育館
資材の運搬など協力をお願いします。
2月22日(日)宇和島カップ 宇和島市スポーツ交流センター
(2)登山部
1月24日(土)搬出訓練会 ? ・・2月にスポーツセンターで・・?
3月15日(日) 10:00〜12:00 救急講習会として スポーツ交流センターにて
(3)その他 下記資料作成は?
@ 市スポーツ協会報告・・スポーツの日関連・・
A 総会資料・・次年度日程表配布・・ピークストレイルは4月19日(日)
関係者は3月末までに連絡してください。
少し早いですが4月まで例会がないので、連絡です。
会報「ふ み あ と」などの作成・・? 岳連・県関係
情報が入ってこないのですが、どうなっているのでしょうか。
HPも9月からなし。総会・理事会は開催すべきでは。
4 その他:参考に
2月21(土)・22(日)
明浜町狩江地区文化祭 キリマンジャロ遠征の写真展示 西田
次回は総会・例会 令和8年4月7日(火)19:30〜
場所:スポーツ交流センター 会議室
3.連絡・紹介 【お知らせ】
【明浜町大早津岩場の利用休止について】
西予市より、次の通り連絡がありましたので共有いたします。
大早津岩場をご利用いただいている皆様へ
日頃より明浜町大早津岩場を利用していただき、ありがとうございます。
報道等でご存知のこととは思いますが、現在、西予市は深刻な財政危機に直面して
います。この財政危機を早期に克服するため、西予市では「財政危機脱却に向けた“せ
いよ変革”宣言」を発し、3年間の集中期間を設けた「財政危機脱却プラン2025」を
策定しました。
今回「財政危機脱却プラン2025」を受け、大早津岩場の利用につきましても3年間
の利用休止とさせていただくこととなりました。(令和8年4月〜令和11年3月末ま
で)利用者の皆様には大変ご迷惑をおかけいたしますが、ご理解とご協力をお願いい
たします。
なお、令和8年3月末までは利用可能です。引き続きルール遵守の上、ご利用ください。
【山行・行事】等 予報 【クラブ関連】
(1) クライミング教室の開催
対 象:子どもから成人まで 一般対象
1月〜3月は寒さが厳しいので宇和島で実施します。
場所:宇和島スポーツ交流センター クライミングホール
開催予定日 令和8年1月4日・18日(日) 2月1日(日)
希望があれば3月15日(日) 3月29日(日)
時間 10時〜15時 昼を挟みますので 軽食であれば飲食可能
注:日程及び時程の変更がありますので下記へ確認ください。
連絡先・◎ 藤岡 啓子 ☎ 07037703128 メール mt.pippi0926@icloud.com
指導者:山岳会会員 馬越英司 多田 藤岡 他
携行品等 運動(クライミング)のできる服装 シューズは会場にもあり〕
宇和島スポーツ交流センターでの教室
施設使用料が必要です。受付でお願いします。
詳細はネットで宇和島スポーツ交流センターを検索していただくとありがたい
(2)救急講習会 注:搬出訓練会としていたのを救急講習会としました。
日時:3月15日(日)午前10時〜12時
場所:スポーツセンター3階会議室
講師は山岳会会員で八幡浜消防署勤務の多田さんです。
内容:三角巾の使い方、その他、応急処置など。
三角巾の使い方なども常に練習をしていなければ忘れてしまいます。
過去に受講された方も復習の意味で参加しましょう。多数の参加を期待します。
4 行事・山行記録
1月17日(土)選手 キッズ18名 一般19名 計37名 鍋 8名
他:スタッフ
1月24日(土)スポーツ体験会 小学生 多数 スタッフ:5名? +1
クライミング教室
5 行事など 実施報告
(1)第20回ボルタリングコンペ
先日17日(土)トヨタジムで行われ、キッズ18名、一般(中学生以上)
19名、そして鍋専用車8名計37名が県内各地から参加。20回目に相応しい
コンペとなりました。ご参加の皆さん、準備から運営と会員の皆さんにもありが
とうございました。
競技成績 【キッズ】
カテゴリ 1位 2位 3位 参加者数
ファン 牧井大征 片山喜平太 松本圭也 8名
ミドル 岡部 陽 石川実侑 高嶋謙心 3名
オープン 藤川雄成 泉幸太郎 山本結羽志 7名
競技成績 【一 般】
カテゴリ 1位 2位 3位 参加者数
ビギナー 藤岡丈 清家桃子 佐久保明美 8名
ミドル 木野本恵輔 森下蓮弥 上村陽祐 5名
オープン 松木康佑 松本雄太郎 石川岳彦 6名

(2)スポーツ体験会 総合体育館
宇和島市スポーツ協会主催の小学生対象の
スポーツ体験会が市総合体育館で24・
25日と2回にわたって行われ、山岳会の
スポーツクライミングは1日目におこなわ
れ、多くの児童が壁に懸命に取りついてい
ました。他に弓道・剣道・少林寺拳法でした。
2日目は柔道・サッカー・トランポリン・
卓球でした。
6 会員その他の情報
@ 堂ヶ森〜鞍瀬の頭〜二の森
積雪量は5cm以下です。多田

A遠見尾根から五竜岳へ向かいましたが、
8日のsummit dayに暴風雪で停滞。
一日で約1mの積雪があり、本日雪崩れ警戒
で下山しました。無事で良かった。
多田


B 1/19 氷棚経由で、権現山頂まで、4人で。
氷棚から頂上近くの登山道までの初山道の
ルートファインディングは成功、
ガスの中を楽しく歩きました。

C 久しぶりの外岩です。
楽しかった。島田 他
回想 愛媛県山岳連盟 50周年史を編集するにあたって(平成10年)
原田藤三郎さんのこと 西田
平成10年に50周年史の話があり、西田が担当することになった。1年で作り上
げるということで、はてさてどういう形にしたらよいか思案していました。
30周年史があるからそれ以降のものでもよかろうと思っていましたが、なぜかも
の足らず、「過去にどのような方々が、どのような活躍されていたか、その業績を
紐解くきっかけになれば」と思案しており、そしてその当時の記録をできるだけ集
めたのでした。松長晴利氏・幾島照夫氏・小暮照氏・嶋屋都志郎氏・などなど。
近くの方で思いついたのが原田さんのことであった。
数年前に他界されていましたが、早速に
お宅に伺い、奥様より写真集をお借りし
て、コピーをして「星霜50年 故原田
藤三郎写真集より」として巻頭を飾らせ
ていただいた。
古い山仲間の方はご存じだと思いますが、
吉田町白浦出身で山岳会創立時、顧問をお
願いしていた方です。愛媛県山岳連盟を創
設した当時には大いに活躍していました。
池田 悟さんよりいただいた原稿の中に
≪昭和29年国体北海道 上右(原田)≫
・・追悼 創立のころの人々)・・があり原田藤三郎さんの紹介もありました。
『南予の玉津村のみかん農家。山行の時は松山までサブザックに入れてきて、よくも
らったものである。どもりながらあの独特の口調で今年のミカン作りの講釈を聞かさ
れた。
昭和28年第8回国体で、その前夜、堀之内の新装なった、県民館の外側のガラス
に山靴で突進し、割ってしまった。怪我がなかったのが不思議なぐらい。当時、松山
にはこのようなガラスはなく、夜を徹して高松から取り寄せ修繕して、翌日の行事に
間に合わせた。今では笑い話で済ませるが、当時は皆が心配した。
日本山岳協会の登山大会にもよく参加し、全国の岳友に会うのを楽しみにしていた
が、立山(昭和33年)の大会が最後であった。・・』
山岳会の例会の折にも参加され、山の話やミカンづくりのことをよく話されていた。
平成7年3月逝去、葬儀の折には松山から大勢の岳友が来て、お棺を抱え、私もそ
の中の一人でした。