日記を書こう




支配人のオフィスの前をエリックが通りかかった。
「?」
半開きになったドアの奥で、フィルマンがえらく難しい顔で机に向かっている。
その隣では対照的な陽気さでアンドレがペンを走らせている。
興味がわいて、つい部屋に入ってしまった。
「何をしてる?」
にこっとアンドレが顔を上げた。
「マエストロ、どうされました?」
続けてフィルマンが驚いて顔を上げた。全くこちらに気がついていなかったらしい。
が、すぐに愛想笑いを浮かべるとエリックに椅子を勧めた。
入ってきてしまった手前、素直に腰を下ろした。改めて、支配人がいる机に視線を向ける。
それぞれの机の上にはノートが広げられていて、アンドレは落書きが、フィルマンは白紙になっている。よく見ると、ふたつとも日つだけは書かれていた。
「日記?なのか?」
アンドレが苦笑いした。
「そーだったんですけどねぇ。どうにも続かなくて。私は三日で終わりです」
「たったの三日?」
エリックはフィルマンのノートを見た。
白紙の裏にうっすらと文字が浮かんでいる。どうやらアンドレよりは長いらしいと、ふんだ。
「フィルマンはいまから今日の分を書くんだな?」
だが、うっと言葉につまって、フィルマンがうなだれた。
代わりにアンドレが口を開く。
「・・・・・フィルマンさんは物を書くのが苦手なんですよ。昨日もたった一ページに3時間もかかってしまって」
非難がましくちらっと目を向けたが、再びノートにペンを置く。
だが、ペン先のインクが黒いシミを広げてゆくばかり。
「さっさと書いたらどうだ?私ならこんな単純なことに時間は割かんぞ!毎日5分あれば十分だからな。それともやめるつもりか?アンドレみたいにお絵かき帳にしてしまうのもいいんじゃないか?」
あからさまな嘲りに、フィルマンのこめかみに青筋が浮き出た。あからさまに不快を見せて、エリックを睨む。
「では、マエストロ、あなたはきちんと毎日書けるんですね。リハーサルや、作曲でどんなに忙しくとも、欠かさず!」
ふんとエリックは鼻を鳴らした。
「おまえたちは私の記憶力を知らないだろう?私は生まれた日から今日まで一つ残らず覚えているぞ。日記なんぞに頼る必要はない!だがな、フィルマン、そこまで言うなら、私が手本になってやろう。まず、今日から一ヶ月、きっちり、みっちり書いてやる。おまえは私が音楽の天才と言うだけではなく、『日記の天才』であることも発見するだろう!」
さらにフィルマンの顔色が赤黒く変化した。すくっと立って、エリックと正面から向き合う。
出された声は恐ろしいほど、静かだった。
「楽しみにしております。ですか、もし・・・そんなことは間違ってもありますまいが、書けない場合はどうなさるおつもりですか?」
「生意気に何を言うかと思えば。・・・・そうだな、書けなかった日数分、おまえたちの下僕になってやろう。私をどうこき使うか、いまから好きなだけ空想するがいい。ははは」


ロンシャン通りの王室御用達の店から、最上級の日記とペンを手に入れて、エリックは一日目を難なく記した。
平均一日3pを平均4分25秒で書く。もちろん、文字は美しく、誤字脱字なし。時にはキリル文字やペルシャ文字も入れる。
三日目の夜、エリックは薫り高い紅茶を片手に、日記を読み返してみた。
「一日目は、そう、記念すべき一日目だ。支配人どもと下らん約束をしたんだったな。この日は新作オペラのうち合わせをレイエとやって、それからクリスティーヌとカフェにいったのだ。始めていった店だが、感じが良かったな」
目を閉じると、その時の光景が浮かんでくる。モンパルナスにほど近い店は小さいながらも、店員がきびきびと動き、驚くほど良心的な値段で上等なカフェを呈していた。そこへ学校帰りのアンジェリーナが通りかかった。二人に気がつくと、嬉しそうに駆け寄ってきた。
時間がないというので、少ししゃべって別れた。
「あの子はいつも元気いっぱいで、こっちまで元気になるな」
知らず微笑んでいた。
二日目に進んだ。この日はオペラ座の休演日だったから、クリスティーヌにつきあって買い物をした。帰り道に知り合いのカーク宝石商に会い、茶会に招かれた。先日、覚えたマナーが役に立って有意義な時間がもてた。この時、初めて彼の長男と引き合わされた。ジェームズ。アンジェリーナより二つ上の10歳。茶色いくせ毛にそばかすを散らして、見るからに生意気そうだった。事実、そうだった。彼はエリックの差し出した手を素直に握ったが、手のひらにべったりとジャムをつけていた。驚くエリックに平謝りする父親を見ても、知らんぷりをしている。あげくにジャムをつけたのはエリックだという始末。オトナであるエリックは笑ってすませたが、内心はかなりいらついていた。
「・・・・・・・・」
手についたジャムの感触を思い出して、エリックはちょっと嫌な気分になった。
そこへクリスティーヌがやってきた。
「お茶のお代わりはいかが?あら、日記をつけているのね」
恋人の輝くような笑みに、ちょっと見とれてしまって、慌てて顔を伏せた。
「そうなんだ。私は何もかも覚えているが、こうして文字で読み返すのも別の感慨があっていい。良いことも、悪いこともね」
柔らかな腕でエリックの肩を抱いて、クリスティーヌは言った。
「そうね、哀しみも喜びもあなたの大切な人生の一部よね」
「おまえの言うとおりだ。もっとも、哀しみは過去のこと。いまは喜びばかりだ。クリスティーヌ、おまえがいるから」
言ってしまってから、エリックは照れて顔を赤くした。
それからそっと、恋人の手を握った。
握った指にシンプルだが上品な指輪が光っている。エリックは今日のページを読み返した。
その日は朝からにぎやかだった。サン・キャラクデール学校の子供たちが、芸術教育の一環として、オペラ座のバックステージツアーに参加していた。案内のほとんどをマダム・ジリーが行ったが、舞台の再現をエリックとクリスティーヌでやったのだ。久しぶりに二人でデュエットして楽しかったが、それより子供たちの
元気さに圧倒されてしまった。アンジェリーナも活発な子供だが、その何倍もまるで怪獣のように動き回る子供たちが大勢いる。どれだけ騒いでも最後まで騒ぐ体力に驚いてしまった。
半日のツアーが終了して、子供たちは自由解散になった。名前を呼ばれて振り返ると、深緑の制服を着たアンジェリーナが駆け寄ってきた。頬を真っ赤に染めて、歌を褒めてくれる。彼女がどこに通っているか知らなかったが、偶然とはいえ、誇らしかった。ふと嫌な視線を感じて柱の影を見ると、そこにあの少年、ジェームズ・タイベリアス・カークがじーっと睨んでいた。やはり深緑の制服を着こんでいるが、袖口や襟元に小さな宝石をあしらっている。それもわざとらしく隠してあるのが嫌みだ。
無視してアンジェリーナの話に耳を傾けていると、ジェームスがつかつかと近寄ってきた。乱暴にアンジェリーナの腕をつかんで引っ張ろうとする。いやがる彼女に、もう帰る時間だと言って離そうとしない。すがりつくアンジェリーナを腕にすくい取って、エリックはジェームズを睨んだ。仮面のない顔で睨まれるのは、オトナでも怖い。いくら生意気でも所詮は10歳の子供。泣きそうな顔になったが、唇を噛みしめて行ってしまった。
「あのカークの息子はなんで私に突っかかるのかね?」
少し考えて、クリスティーヌは微笑ましそうに答えた。
「たぶん、あなたがうらやましいんじゃないかしら。ほら、男の子って、そういうところを素直に出せないところがあるでしょう?」
言われてみれば、エリックにも思い当たる節があった。気に喰わんガキだと思っていたが、そう考えると、ちょっと可愛くも思える。
惜しみつつ、恋人の手を離して、指輪にふれる。
「明日、リハーサルが終わったら、一緒にカーク商会へ行こう。注文の品ができあがったとブルー(速達)が届いたから」

四日目の夜。エリックは複雑な気分で日記を綴っていた。
約束どおり、クリスティーヌを伴ってカーク商会へ行った。すでに午後を回った時間で、ジェームズも帰って来ていた。クリスティーヌのためにみずからデザインしたネックレスを受けとり、オペラ座にもどろうとしたところを主人に引き留められ、余興でクリスティーヌとデュエットを披露する。盛んな拍手を受け、茶菓のもてなしもすんだところで、不意にジェームズがエリックに話しかけてきた。ぜひとも見せたい物があるという。昨夜の恋人との会話で、この少年を可愛いと思い始めていたエリックは素直についていった。
ジェームズのあとを追って、地下室へおりてゆく。いち早く電気ランプを導入してあり、地下といえども昼間のように明るい。正面にドアが見えた。少年が先にはいってゆく。続けてエリックが足を踏み入れたとたん、電気が消えた。とっさに名を呼ぶが、答えはない。気配もない。ノブを握ると、つるつる滑る。油が塗ってあって、回せない。だが、エリックは暗闇でも目が利いた。反対側にドアがある。少しだけ開いているのが分かった。そのドアのノブは滑らなかった。ジェームズと呼びかけながらドアを手前にと思ったとき、足下をなにかが駆けていった。ネズミのようだ。止めた歩みを進めようとしたとき、上からなにかが降ってきた。間髪を置かず、派手な音が上がる。床は水浸しだった。
どうやらドアを開けた者は頭から水をかぶる予定だったようだ。
近くで舌打ちが聞こえた。
エリックは困惑した。こんな子供に恨みを受ける覚えはない。とりあえず、悪い考えは捨てて、ジェームズを捜すことにした。この闇の中では心細かろうと思い。部屋を出ると、急に灯りがもどった。
突然、悲鳴が上がった。
まぶしさに目が慣れると、エリックがいたのはワイン倉で、樽の影で若い男女の使用人が抱き合っていた。主人の目を盗んでの逢い引きだった。エリックは慌てて別の出口から逃げ出した。
応接間にもどると、ジェームズが青い顔でやってきた。急に姿が見えなくなったから、心配したと。
だが、エリックにはその言葉と態度がしっくり来なかった。

ペンを置いて、エリックは机に置かれたブルーを見つめた。差出人はジェームズ・タイベリアス・カーク。
明日、ガーデンパーティをしますから、ぜひ来てくださいとある。丁寧な好意的な文章だった。
追記でアンジェリーナも招待してあります、とある。
「しょせん相手は子供だし。疑り深いのもな・・・」
青いはがきを取り出し、参加の旨を記した。


朝方は薄曇りだったが、昼過ぎからさわやかな青空が広がってきた。一頭立てのキャブリオレを走らせて、カーク商会の裏手の小さな森へ到着した。小規模とはいえ、プラタナス、マロニエ、エンジュ、ボダイジュ、カエデ、トネリコ、セイヨウスギなどがずみずしい葉を茂らせて、涼しげな空間を作っている。
入り口にはアンジェリーナとジェームズが立っていた。
「エリックおじさんっ」
馬車を降りるやいなや、アンジェリーナが駆け寄ってきた。
「おじさん、馬車をもっているの?すごいなぁ。馬、さわってもいい?」
エリックは落ち着かせるように馬の背中を撫でてやりながら、アンジェリーナを手招いた。
「これはおとなしい馬だから大丈夫。帰りは送ってゆくよ」
ところが、いきなりジェームズが少女の腕をとらえた。
「あぶないよ!馬にけられるよ!」
「いやん、離して、エリックおじさんはだいじょうぶって言ったんだから!」
振り切ってエリックの腕に飛びこんだ。
エリックはやんわりと受け止めて、アンジェリーナを抱き上げた。
「ジェームズ、そんなに神経質になる必要はない。君の馬はどうか知らないが、私の馬は特別に穏やかだから。さわってみるかね?」
「そんなことより、急がないとパーティがはじまる」
つっけんどんに言うと、背を向けてさっさと歩き出した。
「ああ、わかった。アンジェリーナ?」
呼びかけるが、少女は細い腕をしっかりとエリックの首に巻きつけている。
そして困ったようにエリックを見た。エリックはきちんと彼女をかかえ直すと、小さい声で言った。
「いいよ」
何だかくすぐったい気持ちで一杯だった。
不意に足がなにかを引っかけた。危うくバランスをくずしかけて、踏ん張ると、ぶちっと音がした。
足下は丈の長い草が生い茂り、いま通ったところは不自然に引きちぎられている。
ちらりと先を行くジェームズが振り返った。
そのまなざしが何とも悔しげで、エリックはいやーな気持ちになった。
昨日から心の中でもやもやしていたものが、急速に形になる。
これは闘いのはじまりだなと、エリックは気がついた。
とにかく、アンジェリーナを巻きこみたくない。エリックは細心の注意を払いながら進んだ。
自然のままを楽しもうという趣向からか、道は全く整備されていない。
草ぼうぼうの中を歩きながら、草を結んだワナを3つすり抜け、ぶら下がった蜂の巣を刺激しないようにアンジェリーナの目をそっとふさいで通り、落とし穴をまたぎ、二つ目をやり過ごしたところでエリックは声をかけた。
「まだ歩くのかね?」
「おじさん、もう疲れたの?トシだね」
嫌みたっぷりに言って、ジェームスは足を速めた。
「あたし、おりる」
アンジェリーナが哀しそうに声を絞り出す。エリックは優しく髪をなでて、首を振った。
「淑女をお守りするのは、紳士の喜びなのだよ。このままでいておくれ」
「うん!」
嬉しそうに頷いて、アンジェリーナはぎゅっとしがみついた。
だが、エリックは少々疲れてきていた。アンジェリーナを運ぶことでなく、子供じみたワナの連続に。
どれだけワナがあろうと、かつての『オペラ座の怪人』をはめることはできない。
目の前にさりげなく枝がたれていた。跳ね上げると同時に軽くジャンプする。その真下を勢いよくなにかがかすめてゆく。間髪を入れず、頭上からぱらぱらと音がする。さりげなく、しかし素早く横へスライドして避ける。
ジェームズは辛うじて視界の範囲にいる。まだ、歩き続けている。
出発したときに森の上にちらりと見えた教会があるときは右に、次に左に、また正面にもどったとき、エリックは自分が同じところをぐるぐると、あるいは螺旋状に歩かされていると気がついた。
なかなかの知能犯だが、これではいつまでたっても会場にはたどり着かないだろう。いや、パーティそのものが存在しないのだろうと、結論がついた。
なぜ、自分がこんな嫌がらせをされるのか、見当がつかない。
だが、あくまでも自分はオトナ!こんな事で腹を立てるほど心は狭くない!つもり。
だが、やはり理由を聞いてやりたくなる。
エリックは足を速めて、先回りした。
「わぁっ」
後ろにいるはずの人物が目の前に出てきて、ジェームズは叫んだ。だが、すぐに気を取り直すと居丈高に言った。
「こんな子供を驚かして喜ぶなんて、おじさん、子供だね。恥ずかしくないの?」
吐き捨てると、エリックを突き飛ばしてまた歩き出した。
不思議そうにアンジェリーナが問う。
「いつもはあんなんじゃないのよ。でもね、あたしがエリックおじさんの話をするといつも怒るの・・・。なんでかなぁ」
「たまたま虫の居所が悪いんだよ。気にしなくていい」
なだめつつもエリックもだんだん怒れてきた。こんな事にはさっさと見切りをつけて、帰ってしまえばいいんだが、いまはアンジェリーナがいる。ここまで彼女に何も気づかせないでこれた。このまま、この大切な友人に嫌な思いをさせたくないのだ。
ならばここは一つ、穏やかに、最大限の忍耐力でもって、ジェームズと、理性的に話を、するべきなのだ!
エリックは足を止めて、すぐ近くに安全な(つまり、ワナのない)場所を見つけてアンジェリーナを降ろした。
「ジェームスに少し訊きたいことがあるから、ここで待っていてくれるかな?」
こくんと頷くのを確認して、エリックはジェームスを追った。
ところが姿が見えない。子供の足で遠くに行けるはずもないのだが。いぶかしんでいると、近くで葉擦れの音がした。そちらを振り向いたとき、茂みから巨大な熊が飛び出してきた。
「うわっ」
辛うじて避けるも、勢い余ってエリックはしりもちをついてしまった。起きあがろうとするが、なぜか地面から離れられない。
もがいていると、ひょっこりジェームズが現れた。手には熊の仮面を持っている。小馬鹿にしたようにエリックを見下ろす。
「どうしたの?おじさん、こんなものが怖いの?熊の剥製がこわいんだ?へーえ」
エリックの中で怒りが爆発しそうになった。だが、まだ、我慢できた。
「これもパーティの余興だろう?手を貸してくれないか」
だが、ジェームズはにやにやするだけで動こうとしない。
「それはね、トリモチだよ。簡単にはとれないよ。じゃあね。僕はアンジェリーナを迎えに行くよ」
今度こそ、堪忍袋の緒が切れた。
力任せに立ち上がり、あとを追う。だが、周りを見る余裕がなかった。
ずぼっ。落とし穴に落ちた。ばしゃっ。上からクリームパイが降ってきた。
そして、タイミング良く、目の前にジェームズが現れた。後ろにはアンジェリーナが立ちすくんでいる。
「エリックおじさん、大丈夫?」
悲鳴を上げながら駆け寄ろうとする彼女を、またもやジェームズが止めた。
エリックを指さして怒鳴る。
「何であんなオヤジをかまうんだよ!ちょっと歌がうまいだけじゃないか!」
「それだけじゃないもん!おじさんは優しいの!」
アンジェリーナが必死に叫ぶ。
「あいつなんか僕の父さんより年寄りで、ふんぞり返ってて、貧乏たらしくて、みっともないじゃないか!」「ちがう、ちがう、ちがう!おじさんは威張ってなんかいない!いつも親切で、あたしを大事にしてくれるのよ!病気の時はお見舞いに来てくれたし、泣いているときはいつも慰めてくれるんだからっ!」
最後は涙声になっている。
「大好きなおじさんを悪く言わないでっ!」
あまりの剣幕にジェームズの旗色が悪くなっていた。エリックは穴からはい出るのも忘れて、やりとりを聴いていた。
アンジェリーナには悪いが、もっと言ってくれと応援してしまう。
だが、ジェームズにはとっておきの言葉があった。
「僕をよく見ろ!あんな化け物みたいな奴より、何百倍もハンサムで金持ちだ!」
だが、得意げにふんぞり返ったジェームズは、アンジェリーナの隠された力を知らなかった。
目にもとまらぬ早さで腕が振り上げられた。
「ジェームズなんて、だいっきらいっ!!」
ばちぃぃーんっ!
アンジェリーナのこぶしがジェームスの顔面に炸裂した。
ひゅーっと鼻血が吹き出す。
よろよろと地面にへたるジェームスの前に、アンジェリーナは仁王立ちになった。
そして、きっぱりと言った。
「知らないの?『美人は三日で飽きるけど、ブスは三日で慣れる』って言うでしょう!そうよね?エリックおじさん!」
そして、得意げにエリックを振り返った。
「・・・・・・・・ああ・・・・」
だが、エリックは力無くそれだけしか言えなかった。
頭の中で彼女の言葉が何度も何度もリピートされている。
『美人は三日で飽きるけど、ブスは三日で慣れる』・・・・・。
この時エリックは、もう日記は書くまいと心に誓っていた。
記憶はいつか美しくかわるが、文字はいつまでたっても真実しか残さない・・・。

ちなみに日記の継続記録はアンドレ3日、フィルマン5日である。


そのころ、オフィスでは支配人たちがエリックのために特別な『メイドさん服』を用意していた。
ひらひらのフリル付きの超ミニである。

明日からのユニフォームになることを、エリックはまだ、知らない・・・。