「聖書の間違い」の間違い〜佐倉哲氏の場合〜の旧約聖書の部分は全て反論しました。 しかし,自信がないのもありますので,もっと正しいと思われるご意見がありましたら教えて下さい。
今朝,右足の親指の爪を座布団にひっかけてしまい,爪が半分はがれてしまいました。 血はすぐに止まりましたが,爪を見ると,いつ直るか,不安です。 私の足の親指の爪は上向きに斜めになっているので,引っかかりやすいのが難点です。
今日は生まれて初めて,母の日をお祝いしました。 昼食を作り,夕食時には2500円ぐらいのワインを飲みました。 ワインの好みは知っているので,2日前に一緒に選びに行って,ちょっと高めのものを買いました。 喜んでもらえて良かったです。
「聖書の間違い」の間違い〜佐倉哲氏の場合〜にいくつか追加しました。
インターネット上には,聖書が信頼できないと言うたくさんの人がいます。 しかし,彼らの意見を読むと,非常におかしな理屈をこねているだけだと分かります。 こういう人たちには何を言っても無駄のように感じます。 彼らは最初から聞く耳を持たず,態度が悪いです。 彼らの高慢な心が砕かれますように。
「煉獄」は存在するかを公開しました。
先月と今月で,雑稿ページにあるキリスト教関連のエッセイをいくつか更新しました。 もしお時間ありましたら,読んでいただけると嬉しいです。 また,疑問や感想などありましたら,メールを下さい。 よろしくお願い致します。
旧約聖書における「【主】の使い」とはを公開しました。
まず,新任牧師の給料の問題について考え直してみました。 以前,私は牧師にボーナスを出すのは聖書的に間違っていると言いました。 しかし,信徒が喜んで捧げるのなら,それで良いかと思うようになりました。 そもそも,ボーナス制というのは「この世」の価値観です。 その意味ではロマ書12:2に反しますが,この聖句を根拠にボーナス制を否定するのは,ちょっといきずぎではないかと思うようになりました。 つまり,牧師のボーナス制は,聖書が明確に教えていない曖昧なテーマなので,寛容な態度をとるべきだと思うようになりました。 しかし,ボーナスを出すのなら,月々の給料を増やせば良いだけの話ではないかとも思っています。 その場合,ボーナスはありませんが,そもそもクリスチャンは清貧な生活をすべきでしょう。 その意味で,ボーナス自体必要ないと考えています。 ボーナスは,いわばご褒美です。 確かにご褒美があれば,日々の奉仕にも力を入れるようになると思いますが,(それが人間の心理だからです,)私のような精神障害者には,ボーナスどころか,ご褒美さえありません。 リハビリと称して作業所に通っても,収入はマイナスなのです。 ただでさえ,障害基礎年金を受け取っていても,さらに働いている人でさえ,56%の人が,年収が100万円以下だと聞いています。 年収200万円以下の障害者(身体,知的,精神の障害者)を合わせると,実に99%にもなるそうです。 働いていながら年収200万円以下の人は,「ワーキング・プア」と呼ばれます。 障害者のほとんどの人は,たとえ働くことができても,ワーキング・プアなのです。 この現状を,政治家はどう考えているのでしょうか。 私には,「死ね」と言われているとしか考えられません。 昔,日本には優生論と呼ばれる思想があったそうです。 優生論というのは,遺伝的に優れた人を生まれるようにし,障害があると分かった人は中絶などの方法で,生ませないようにするという思想です。 現在の日本では,この思想は否定されていますが,実は口に出さないだけで,優生論がはびこっているのが分かります。 この社会は強者によって動かされていて,真の弱者のことは無視しているような状態なのです。 これが現実です。